連載コラム

「ー人としての基本ー」

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2023.05.13

① 他人様を苦しめたり、悲しませたりしてはイケナイ。社会にご迷惑はかけない事。

② 自分を養い、奪われない財産を身に付け、いざという時でも生き延びる力を持つこと

③ さらに努力して自分以外連れ合いとか子どもを養う力が付けば、結婚してよい。

④ 更なる努力をして、①から③までをマスターすれば次は社会へお返ししなさい。というのを母に教えられたが,私は、

⑤自分が生きていたいように、他の生命も生きていたいのだろう?と想像する力を持つこととしている。

 地球は限られた場所しかないのに生命はどんどん増え続けている。

 狩猟採集民から農業を発明した約一万年前から、人は人口を増やし、時間的余裕が出来て、今日の文明、文化を築き上げた。引き換えに多くの疾病や戦争、社会悪を生み出した。

 人の「学習能力と知識欲」は限りなく、それにつれて社会格差も増大してゆく。同時に人類の共食い現象も果てしなく増え続けていると私には見えてくる。

 かつて実際に有ったと言う「カニバリズム」現象が、形を変え、たった数百年前に行われていた奴隷狩りや植民地化が現実に日本で見られる。これは日本が最後の防波堤なのでないか?

 日本の素晴らしい文明文化が過去のものとして一部の人々の研究教材となってしまったら、それは消滅している証拠だ。「かつてここには日本という素晴らしい文明が有った」という歴史書の一部を占めるに過ぎなくなる。

 それはもう人類自滅への道である。縦書き文化と横書き文化のある社会の代表格として、日本は堂々と横書き文化だけの世界と対応しないといけない。

 日本の皆さんは思い出してほしい。四足生活から必要に迫られ二足歩行になった人類の歴史を。立ち上がって自分の胸を張って堂々と世界へ宣言してほしいものだ。私は「不戦、非戦、不服従で生きる!」と。これが優しいおとなしい日本に居る人々の姿でないか⁈

 横書き文化の限界は「自分が生きていたいように、他の人々も生きていたいだろうに…」という想像力と実行力の不足だと私は感じる。それは横書き文化の中の矛盾であると思う。世界を植民地化する前にそれぞれの社会の足元を考える必要はないか?

 お節介な私である。