連載コラム

人体をいじくりまわさないで! その②

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2026.03.01

 時々「安楽死」の問題が日本でもニュースになっていた。

 ある女性が難病で苦しんで、この辺りで
サヨナラしたいのに日本では許されない。
ヨーロッパのある国へ行けば医師達が見極めて
「安楽死」させてくれるというので、
その女性は約300万円かけて実行したという。
私もこのニュースの話は知っていた。

 ところがそれから数週間しただろうか?
ある親子が私の診療室にきた。
30代後半の息子さんと定年退職したばかりのお母さんである。
息子さんは「どうしても死にたい、
この人の世が嫌で嫌で仕方がないのだ」と言う。
中学時代までは、学校成績は学年一の頭が良い子なのだ。

 私は彼の幼い時からの知り合いである。
弟さんもいたが二人とも頑張り屋でもある。
長い目で見ると「学校の成績が良く頭が良い」というのと、
「実際の生活能力がある」というのは全く別物である。

 私は困った顔のお母さんと
一生懸命説明してくれる息子さんの顔を見ながら、
考え込んでしまった。

 私自身自死未遂の経験もある。むやみに
「死んではいけません!」とは言えない私である。
診察してきた中で、何人もの自死希望者もいた。
本当に逝ってしまった症例も哀しいけど少なくはない。

 延々と話を聞いていて感じたことがあった。
この人は本当は生きていたいのだ。
ただ、毎日、どのように時間を使ったらよいのか
わからないようであった。

 仕事をしなくても何とか生きて行ける。
たしか精神科の病名を付けられ公的に支援金を貰っている。
でも面白くないのだろう。
本当のお話相手は両親しかいない。
父親とは普段からあまり関係は無かった。

 一時間近くかかっただろうか
私が思いついたのは、お金の話だ。

「まず安楽死させてくれると言っても
その外国の医師団の審査に合格せねばならないよ。
せっかくお金をかけて行っても、安楽死する権利は
ありませんと言われたらどうする?」と私は聞いた。
彼は一瞬黙ってしまった。

 生きているのは本当にしんどいと思う。
でも生きていたくても、生きられない多くの人々がいるのも事実だ。
今こうして心臓が動いてくれると言うのは
恵まれているのでないか?

 病態悪くて苦しんでいる病人、苦しいけれども
生きていたいので治療を受ける。
お腹が空いてでも食べるものがない、でも生きていたい人々。
反対に衣食住あって生きていても、
精神的に苦しくて、どうしようもないので自死したいという人。
世の中は本当にアンバランスで不公平だ。

 日本の人々は自然との関わりの中で生きて歴史を紡いできた。
南北アメリカ大陸や、オーストラリア、ハワイのように
古くから人々とともに根付いていた文化が
新しく入った人々との融合で弱まってしまったところ以上に、
日本は新しい言語の普及が遅れた分古いのが残っていた。

 私の知る限りでは日本では「人の死」に対しても
特別扱いせず、淡々と対応をしている。
「人は自然の一部」と納得しているようだった。

 私の漢方の師は、私がまだ20代というのに、
「死ぬ方法」を教えてくれていた。
一番苦しくもなく家族に迷惑をかけることも無く、
お金もかからずきれいにサヨナラする方法だ。
今私はまだ死にたくないので、
ご高齢の方達の家族にだけお伝えしている。
他にもいろいろ方法はあるはずだと思う。

 西洋医学哲学はどうしても私にしたら
「強すぎる攻めの方法」が多い気がする。
私はあくまでも「武術」でも「戦争の時」でもそうだが
「逃げるが勝ち」であり、「柔らかい守り」の術を使いたい。
その方がずーっと危険がない。

「死ぬにも時がある」と言っている人がいた。
私は経験上この世に長く滞在していつまでも
出来る限り自立を努力していたら、
そしてお金はほどほどで自分の子孫が生きるのを手伝って
子孫に出来るだけ負担をかけない努力をすれば、
とても楽な優しいお迎えが来る。

 稼ぎの悪い私は「お金は出来るだけ使わない」工夫が大切なのだ。