2026.07.15
「単純バカ」とまた言われそうだけど、
バカはバカなりの人生がある。
人は同じ人がいないし、比べようがないのだと思う。
人はその身体の歴史から言って優劣なんか決められない。
個人的には選民意識があって
優越感を好む人々もいるかも知れないけれど、
天地自然は依怙贔屓なくそれこそなるようにしかならない。
でも私は弱虫だからいつも心の中でお祈りをしている。
おかげで今日も一日が無事過ごせそうだ。
私が今日言いたいのは
「私達大人はどうかしてしまったのか?」と
思うことについてである。
それはお金の使い方だ。
私は貧乏人の子どもとして育って、
頑張ってなんとか行けそうだと考えていたのだ。
おめでたく患者さんを信じてしまって、65歳で無一文になった。
でもこれも自分が学習不足だったので恨んでいない。
人には陰陽がある。
人は皆何とか金儲けしようと頑張って努力している。
それなら社会全体でお金の使い方を
きちんとしたほうが良いのでないか?
一つの社会は一つの家族のように感じる私だ。
非現実的な話だと馬鹿にされる。
私の人生の経験では、私達はお金に苦労している癖に
非常に無駄遣いをしている。
それは人殺しのために兵器を作ることだ。
うっかりすると自分を守るため「防衛」という言葉が使われる。
だから人々は騙されて「守るため仕方がない」と考えるけど
本当の兵器を調べてみよう。
攻撃用がほとんどである。
自分達が他人の社会の一般人を苦しめているのだ。
何の罪もない自分と同じような人々や
若者、子ども達を殺すために…。
2026年3月18日のニュース、ワシントン・ポスト紙の報道。
「アメリカ国防総省(戦争省とも言うそうだ)は、
イラン攻撃用の戦費として、連邦議会に追加予算として
24億ドル(約31兆9600億円)をホワイトハウスに提案した。」
交戦で使用消費された重要兵器の量産が目的という。
アメリカのイラン攻撃の戦費は2月28日の攻撃の始まりから、
1週間で110億ドル(約1兆8699億円)を超えているとのことだ。
2月28日といえば、私は日記に
「まさに人の世は地獄であり、
強い者達が集団で弱い者達をいじめ殺す。
悪の枢軸とは武力を使うほうだ。
戦争は自分の国土も被害を受けることだが、
他人の領地へ近づいて周辺の仲間と一緒に攻撃するは
侵略であり、いじめ虐待である。
国防どころか侵略省戦争屋だ。」
と書いたことを思い出した。
戦争好きなトップがいる国の一般人は
良くも悪くも「よくそんなお金が出せるなあ」と
感心もするし哀しくもなる。
何人もの知り合いがそこで必死に仕事をして、
納税しているからだ。
国の有力者の仕事は国内の人々が
安心、安全、安定して日常生活ができるように
実施することだけど、他国の人々を殺し
地球環境を破壊するのは
まさに人道に反する罪になるのでないか?
人殺し用の攻撃用の兵器の増産の費用を
人々を生かすのに切り替えれば、
どれぐらいの人々が助けられるか?
地球人は立ち止まって考えたほうが良いのでないか?
責任は全ての地球人にあると思う。
一つの国とか一人の人で事が決まるのでない。
直接関係なくてもつながってしまうシステムになっている。
真面目な学問の研究でも戦争に使われるという時代だ。
ある人の相談は考えさせられたものだ。
人々の幸せを願って機械工学博士になって
大企業の機械製造会社の開発部長になった。
40代後半の彼は、会社が政権の方針で
「兵器開発」に力を入れるようになったというのだ。
彼は両親が昔戦火を逃れ日本へ来て、
そして自分達は日本生まれである。
運よく日本人になれ、親が苦労して
自分達を教育してくれたという。
彼の悩みは「会社を退職したいが
周囲の者が反対している。
それでも自分は戦争は反対だ!
そんな仕事はしたくない!」と訴えていた。
戦争屋はいつも他人の居場所を手に入れたくて、
あれこれ策略を立てる。
頭良い人々に頼まれて実行することで
自分も稼ぐ人々も多い。
難民として追い立てられる一般人は、
運が悪かったというだけで片付けられるのか?
第二次世界大戦で日本国内で
被災した一般人達への賠償は全くなかった。
私はいまだに1945年3月17日の夜の
焼夷弾の雨の下の光景が忘れられない。
赤ん坊を負ぶったお母さんらしき人のねんねこに
火がついて2人ともじわじわ焼けてゆく光景。
見捨てられたのか、障碍者の火の中でもがく姿。
私は診療の中のおしゃべりの中で
皆さんに想像してほしいとお願いしてきた。
「口は禍の元」で今も余計なことを書くなと忠告されるが、
私はやはり伝え続けたい。
天地は全てを見ている。
私の天命は歴史を学び、自分で経験をして、
そのエキスを伝えることだ。
一人一人が考える頭を持っているので、
自分で本当のことを探して生き残ることだ。
それでどんなことがあっても怖がらないで
苦しまず堂々と生き延びられる。
一人ずつ、やるだけやれば、
後は天にお任せでよいと私は考えている。

