連載コラム

『三つの未来』(中前 忠)を読み直して。

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2026.08.15

 経済問題では失敗ばかりで「底のないバケツ」とか、
「鴨ネギが行く!」とか言われたことがある私だ。
今は寡婦年金だけで、それも自分の趣味的な仕事に使ってしまい、
次世代の人が私を抱えて苦労していると知っている。

「日本はどうなる?」という問題よりも、もっと基本的な
「日本にいる人々の身体はどうなるのか?」という
医療上の問題のほうが、私には深刻だった。
私自身病人としてずーっと治療を受けていたからである。

 そして臨床医として60年近く経験して、
人体に対しての私なりの研究は80年近くなるのだ。

 第一に4歳で「本物の人が生きたまま焼き殺されてゆく」のを
子ども目線で見ていたのだ。言い出せばキリがない。
私にとっては「とことん寿命まで生きる!」ことに
こだわるのは当然になる。

 もちろんいろいろな条件で私が「生きること」「死ぬこと」に
夢中になってあれこれ調べ続けるのも、
たくさんの患者さんに出会ってきたからである。

 分かったことの一つは「医療問題が解決さえできれば、
生きられるのでもない」ということだった。
けれどもその医療問題が一番大切だった。
科学研究が進むほどに病人は増え続け、
人は家畜のように管理されてゆく。
自然の一部といわれる人体が加工されてゆく。

 その原因が医療の産業化、食料や医薬品の工場生産依存だ。
つまり「医療問題」は生存できる要素条件のほんの一部だ。

『三つの未来』(中前忠著、日本経済新聞社出版)の
著者、中前忠氏は経済分野の専門家で、
私の一番不得意な分野である。
でも「日本はどうなるか?」という心持は同じだと思う。

 世の中、何かが行われるとき、経済問題では
「誰がもうかるんだろう?」と考えることだ。

 もっとも「素人の私が何考えようが全くの自由だけど、
アンタがいくら心配しようが、関係ないよ。
無駄なことに頭を使うな」という声も心の中に出てくる。
でも「やっぱり心配なんだなあ。だって
私の知る人々がほとんど日本にいるから。」とも思う。
私が赤ん坊の頃から診てきた人々の一部が
海外へ出たといってもほとんどは日本にいる。

「本当に病人にとって一番良い医療とはどんなものか」を
自分が生きていたいために必死に研究してきた私の結論は
「日本文化、特に医療文化を各自が研究して実行すること。」だった。

 お金儲けになる、ならないは関係なく、
生き延びることが先決だ。
生きてさえいれば私のように何とかなる。
人が生きていれば社会は何とかなる。
国籍性別、年齢関係ない。自然の摂理で、
不自然なことをしない努力をすればよい。

 特に若い人達は今自分のしていることが、
「自分が生きるのによいのかどうか?」を考えることだ。

 歴史を学んでどこがどう間違っていたのか
知るのが大切だが、過ぎたことは取り返せない。
今からスタートする以外ない。

 その今の選択を間違えないように
「本当のことを求め続ける」以外方法はない。
それは何事にも好奇心を持って
「本当かなあ?」と疑うことだと私は考えている。